「明けましておめでとうございます」と言うのも憚られるほど、
私の2026年は衝撃的な幕開けとなりました。
1月5日、仕事始め。
キリッと冷えた空気の中、私は滑りました。
そして、派手にやりました。
診断結果は、「右手骨折」。
実は私、4年前の仕事始めにも全く同じことをしているんです。
その時は左肘でした。
「なぜまた仕事始め?」「なぜまた骨折?」
おまけに昨年からの膝の不調と、
悪化した腰痛まで加わり、今の私50代まさに満身創痍🤕
あまりの不運の連鎖に、正直、心はポッキリと折れかけています。
でも、このまま黙って耐えるには、
この経験は「おいしすぎる(?)災難」かもしれません。
この記事では、利き手が使えず、腰を庇いながら自宅療養を送る私の、
笑えないけど笑ってほしい「厄日」の記録を綴ります。
同じように「最近ついてないな」と思っている誰かの、
せめてもの慰めになれば幸いです。
書かずにはいられない物語の始まりでした😭
1月5日のデジャブ。4年前の悪夢が右手で再現される
「あ、これ、いったな😓」
地面に手をついた瞬間、頭の中に響いたのはそんな冷静で、
絶望的な声でした。
4年前に左肘を骨折したあの時と同じ、嫌な予感。
いえ、予感というよりは「確信」です。
右手に走る激痛は、単なる打撲ではないことを物語っていました。
1月5日、仕事始め。
世の中が「今年も頑張るぞ」と動き出すその日に、
私の右手は早々に戦線離脱を告げたのです。
普通ならパニックになるところですが、経験者(?)は違います😂
痛みに震える右手を見つめながら、
私は「まずは帰らなきゃ」と一人でバスに乗り込みました。
帰宅してすぐ、私が手を伸ばしたのは救急箱ではなく、
**「保冷剤」と「雑誌」と「ハンカチ」**でした。
折れているであろう患部を雑誌で挟み、ハンカチでぐるぐる巻きにして固定する。
片手で必死に作った即席のギプス。
でも必死な自分の姿を見ながら、「なんでまた仕事始めに……」と、
情けなさと痛みで涙がこぼれそうになりました。
そのお手製ギプスを抱え、重い足取りで病院へ。
先生から告げられたのは、予想通りの「骨折」の二文字でした🏥
不運のフルコースが止まらない。膝、腰、そして骨折へ
「神様、私の体に厳しすぎませんか?」
今の正直な気持ちを空に向かって叫びたい気分です。
思えば、20代前半まではスポーツに明け暮れ、走るのも早い方でした。
自分の体は、自分の思う通りに動く。
そんな根拠のない自信が、どこかにあったのかもしれません。
そんな私に、不運の歯車が回り始めたのは昨年のことでした。
久しぶりのバドミントンで「あるある」の悲劇
きっかけは、気軽な気持ちで参加したバドミントンのオフ会。
シャトルを追いかけているうちに、かつての「勝負魂」に火がついてしまいました。
気持ちは20代のまま。でも、体は着実に年月を重ねていたのです。
無理な動きがたたり、膝を負傷。 「やってしまった……」
幸い、相性の良い整骨院の先生に出会い、
毎日のストレッチと合わせて、ようやく「少しずつ良くなってきたぞ」と
手応えを感じていた矢先のことでした。
響き渡る「ポキッ」という音。初めてのぎっくり腰

肌寒さを感じ始めた秋。今度は腰が私を襲います。
同居している義母がデイサービスへ向かう際、
車に乗せようと抱えた瞬間です。体勢が悪かったのでしょう。
「ポキッ」
今まで聞いたこともない、乾いた音が自分の体の中から響きました。
人生初の「ぎっくり腰」。
膝の痛みを庇いながら、今度は腰を庇う生活。
一歩歩くのもやっとの数日間は、まさに苦行でした😑
そして、1月5日のトドメ
そんな満身創痍の状態ながらも、年末年始はなんとか忙しく、
でも楽しく過ごすことができました。
初詣も無事に終え、「さあ、今年は健康に気をつけて頑張るぞ!」と
気合を入れ直した、1月5日の初出勤。
神様が用意していた最後?(そう信じたい!)フルコースのメインは、
**「右手の骨折」**
膝、腰、ときて、次は右手。 もはや「不運」という言葉だけでは片付けられない、
「生きてるだけで丸儲け」とは言いますが、
今の私には「生きてるだけで筋肉痛と骨折」と言いたくなるような、
過酷な幕開けとなったのです。
片手生活×腰痛のリアル。追い打ちは5日後にやってきた
右手骨折という大ダメージを受け、
不自由ながらもなんとか自宅療養をスタートさせて5日目。
「左手だけで顔を洗うのも、だいぶ慣れてきたかな……」
「左手パソコン業務 打てるようになったかな……」なんて、
少しだけ前向きな気持ちになりかけていた私に、
さらなる悲劇が襲いかかりました。
そう、二度目の「ぎっくり腰」です🤣
右手は吊っている。腰は抜けている。 今の私の姿を想像して笑ってください😆
顔を洗おうにも、腰が曲がらないから洗面台に届かない。
かといって、右手はギプスで固定されているから、
体を支えることもできない。
靴下を履こうとすれば腰に激痛が走り、
それを庇おうとすると右手がズキリと疼く。
まさに「詰んだ」という言葉がぴったりの状態です。
「右手が使えないなら、せめて足腰だけはシャンとしていてほしかった……!」
神様にそう訴えたところで、返ってくるのは腰の鈍痛と、不自由な右手の重みだけ。
寝返り一つ打つのも一苦労。
起き上がる時は、まるで生まれたての小鹿か……
はたまた故障したロボットのようなぎこちない動き。
情けなくて、でもあまりの不運の重なりに、
もはや笑うしか笑ってください😀(いや、笑うと腰に響くのですが……)。
今の私は、日常生活のすべてが「超高難易度のミッション」です。
でも、ここまでくると逆に開き直るしかありません。
「骨折して、さらに腰までやる。こんな経験、そうそうできるもんじゃない」と😎
おわりに:今、同じように苦しんでいるあなたへ
「人に頼る」という新しい日常
今までの私は、どこかで「自分でやらなきゃ」と気を張っていた部分がありました。
でも、今の状態では物理的にそれが不可能です。
着替えを手伝ってもらい、食事を用意してもらい、時には腰を支えてもらう。
できないものは、できない!
「パパ〜〜」「娘の名前〜〜」こんなに叫んだ日々はありません🥳
そんな「人に頼る日常」は、最初は申し訳なさでいっぱいでした。
でも、動けない今だからこそ、周りの優しさが骨身に沁みます。
「ごめんね」を「ありがとう」に変えて、今は存分に甘えて、
まずは体を治すことだけに専念しよう。そう自分に許可を出しました。
おわりに:いつか笑える日までの第一歩
今はまだ、数メートル先のトイレに行くのさえ早めの決死の覚悟が必要です。
それでも、こうしてブログの形にすることで、
ただの「災難」が「物語」に変わっていくのを感じています。
この記事は、数年後の私が「あの時は本当に散々だったよね!」と、
お茶でも飲みながら笑い飛ばせるようになるための、大事な第一歩。
もし今、私と同じように不運が続いて落ち込んでいる方がいたら、伝えたいです。
「今は無理せず、一緒に徹底的に自分を甘やかしましょう。
生きてるだけで、私たちは本当によく頑張っています」
ならば
V字回復するその日まで、私のゆるやかな奮闘記は続きます🧐

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